会話

皆様こんにちは、久永です。

私は現在、器械体操部での活動のほかに、慶應SFCなど複数のキャンパスでウェルネス科目を担当しています。近年、大学にはマルチステージの人生を送る幅広い年齢層、さらに留学生など、多様な人々が集まってきています。だからこそ、スポーツを実践し、そこで生まれる人間関係を育むことには、大きな意味があると考えています。そして私自身も、日々学生達から多くのことを学ばせていただいております。

2020年に競技を引退し、教員の世界に飛び込み、まだまだ教育を語れる立場でないことは重々承知しておりますが、学生ときちんと顔を突き合わせて話し合ってよかったと思えたエピソードのひとつを今回綴らせていただきます。

つい先日の話。

「小テスト、受けさせてもらえないんですか?」

とある学生が授業後、仏頂面で私のところへやってきた。この学生は授業に遅れて来て、授業開始に行った小テストを受けられなかった。遅刻したら小テストは受けられない、というのは説明済み。

「ポリシー上、『よほどの事情が無いと』無理なんだけど、どうして授業に遅れたの?」と聞くと、「バスが遅れたから」と言う。

「バスはどうしても不定期で遅れる日もある。それは自分にはコントロールできないことだから仕方ない。自分にコントロールできる要素である『家を出る時間』に余裕を持つしかないよね」
と話すと、仏頂面をさらにムスっとさせて黙っている。

「差し支えなければ、今日は何時に家を出たの?何時ごろに学校に着くつもりだった?」
…と尋ねると、それなりに時間的余裕を持って大学に着こうとしていたようではある。さらに聞いてみると、途中の道で大きめの交通事故があり渋滞を起こしていたようだ。バスの中で時計を何度も確認していたであろう学生のフラストレーション度合いは容易に想像がつく。

「なるほど、だいぶ事情が見えてきた。でも『受けさせてもらえないんですか?』と言うだけでは今日直面したゴタゴタワチャワチャは私に伝わってこない。相手にそれを汲んでもらいたいと思っているなら、伝え方を工夫したらどうだろう。例えば『私はバスで通学をしていて、きちんと余裕を持って家を出て、普段通りであれば問題なく大学に着けているはずだった。が、途中大きな交通事故があり、大渋滞にはまったこともあって到着が遅れ、小テストを受けることができなかった。こういうこともあるんだと踏まえて、次回からはさらに余裕を持って家を出ること、そして遅れてしまうと分かった時点で先生に連絡をいれるべきだ、ということを学びました。』…こう言ってもらえると、やるべきことはそれなりにやったんだということが理解できるし、どうしようもないことも起こるよね、という同情心も擽られる。予期せぬ渋滞にハマったことのない人なんて多分いないからね。今回の失敗から学んで次に生かそうとして具体的に改善点を挙げているところも好感が持てる!」と話すと、学生の顔は明るい表情に変わってきた。

「で、残る問題は小テスト。ここはちょっとテクニックが要る。『ポリシーにあるようによほどの事情でなければテストは受けさせてもらえないという点は理解している。しかし私は今回の小テストに向けてしっかり練習したつもりだった、それを試す機会が得られなかったというのは非常に残念。もしよろしければ、状況を考慮して、何とか受けさせてはいただけないでしょうか』…こう言ってもらえれば、なるほどこの学生は常識は常識としてちゃんと理解してるんだな、という納得はこちらとしてはできる。受けさせてくれないなんてオカシイという横柄な態度じゃなくて、もしよかったら…という謙虚さもいい。それに頑張って練習した人が報われないというのは私としてはやっぱり嫌。何とかしてあげたいと思っちゃう。きみが先生だったらそう思わない?」

「思います」と、学生は笑って言う。

「よし、じゃあ私に言ってみて!」と私が言うと、学生は辿々しく自分の言葉でもう一度私に伝えてくれた。

最後までうんうんと聞いてから、「あー!きみの言ったことは全て的を射ている。反省すべきところはして、これをきっかけに学んで成長しようという姿勢まで見せている。そんな素晴らしい学生にNoと言えないよ。OKやりましょう!」と伝えた。
「いいんですか?」と聞き返す学生に、「きみは元々これが目的で来たんだろ?ちゃんと策を練って工夫して伝えれば、きちんと目標は達成できるということだよ。」と答えると、学生は嬉しそうに「ありがとうございます」と笑った。

きちんと顔を突き合わせて話し合ってよかったと思えた案件のひとつです。
指導なくともきちんと自分を表現できる学生もいれば、前述のようにそうでない学生もいます。コミュニケーションがとれない学生を見捨てるのは簡単です。でももしかしたら、彼ら彼女らはここを今まで誰にも指摘してもらったことがないのかもしれない、教わる機会がなかったのかもしれない、と一度は思うようにしています。

引き続き、学生との会話を大切に、私自身も成長するまたとないチャンスと考え、ともに人生を謳歌していきたいと思います。