皆様こんにちは。本日のリレー日記を担当させていただきます、総合政策学部4年の小田切伊織です。
厳しかった夏の暑さもようやく和らぎ、朝晩の風に心地よい秋の気配が混じるようになってきました。ついこの間まで蝮谷体育館を賑わせていた虫たちの姿もいつの間にか減り、日々の練習の中で季節の確かな移ろいを感じております。季節の変わり目は体調を崩しやすい時期でもありますので、皆様もどうかご自愛ください。
さて、先日、私にとって大学生活最大の大一番であり、17年の競技生活の集大成と位置づけていた全日本インカレが終わりました。ここまで支えてくださった皆様にこの場を借りて感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
結果から率直に申し上げますと、思うような演技ができず、非常に大きな悔しさが残る大会となってしまいました。これまで積み上げてきたすべてをぶつける覚悟で臨んだからこそ、演技を終えたあとにこみ上げてきたのは、言葉にしがたい不甲斐なさと行き場のない感情でした。しばらくは自分の中で消化しきれていなかったことを覚えています。普段からどんな現実も受け入れようなどと考え、分かった気になっていたつもりでした。しかし、いざ本番でミスや不調に直面すると、頭での理解などなんてものは何の役にも立たず、生々しい悔しさや情けなさに打ちのめされるばかりでした。そうした中で考えを巡らせるうちに、ふと思い至ったことがあります。今回はその気づきについて共有できればと思います。
それは、対立する二つの要素をどちらか一方だけ選ぶのではなく、両方を抱え込んだまま、より高い次元へと統合していくことでした。振り返ってみれば、私の心の中には常に相容れない二つの自分が存在していました。
一つは、幼い頃のようにただ空中を舞う浮遊感に魅了され、技ができること自体に胸を躍らせていた、純粋に競技を楽しむ自分。そしてもう一つは、勝負の厳しさやプレッシャーに向き合い、結果を求めつつ背負う自分です。インカレを前にした私は、無意識のうちにこの両者を対立するものとして捉え、どちらか一方だけを正解にしようとしていたのかもしれません。楽しむ心を思い出そうとしては勝負の重圧に呑まれ、結果への執着を強めては身体を強張らせてしまう。そんな二者択一の狭間で、知らず知らずのうちに自らを追い込んでしまっていたのだと思います。
しかし、17年間という膨大な時間をかけて削り出してきた、自分らしい体操とは、どちらか一方を切り捨てた先にあるものではないはずです。勝負の厳しさを知っているからこそ、演技できる一瞬の歓びが深くなる。結果を背負う覚悟があるからこそ、それを抱えたまま、演技では身体の感覚に身を委ねられる。楽しむことと、背負うこと。一見するとこの矛盾する二つを高い次元で統合できた瞬間にこそ、自分にしかできない表現が宿るのではないでしょうか。思えば、17年前に何もない真っ白な状態から始まった私の体操人生は、ここまでに無数の経験を刻み込んできました。歓喜の記憶だけでなく、今回のインカレのような苦い挫折も、すべては私の色とりどりに染まったキャンパスに刻まれた消えない跡です。どれかひとつ欠けても、今の自分には至っていません。思い通りにいかない現実や悔しさをまるごと引き受けたことで、描いてきた景色の解像度がまた一段、上がったように感じています。
慶應義塾は333.324という数字で今年の全日本インカレを終え、無念にも2部降格となりました。非常に悔しいです。
また、私は幸せなことに4年間団体メンバーとしてインカレに出場させていただきました。一昨年の鹿児島、昨年の青森などと記憶に強く残る試合は多くありますが、それでも今年の高崎での試合は、自信をもって、胸を張って言えるものだと思っています。
大きな山場を越えましたが、まだ私の体操部員としての、そして124代主将としての期間が終わったわけではありません。来年男子は再び1部の舞台に復帰できること、女子は全日本インカレに出場することを願い、残りの期間を全うしていきたいと考えています。
刻んできた経験を確かな背骨として据えながらも、頭の中には常に柔軟な余白を残しておくこと。そして、頼もしく成長していく後輩たちとともに、残された日々を誠実に、前を向いて自分らしく駆け抜けていきたいと思います。
引退に際して書きたいことは別にありますが、長くなってしまいますので今回はここで筆を置こうと思います。最後にもう一度リレー日記の順番が回ってくることを願い、結びとさせていただきます。ご精読ありがとうございました。