こんにちは。本日のリレー日記を担当させていただきます、法学部法律学科3年の吉田一真です。
早速ですが、今日は「ドーパミン」について書きたいと思います。
ドーパミンとは、快感そのものを生み出す物質というよりも、「何かを得たい」「またやりたい」という意欲を生み出す、脳内の報酬系と呼ばれる仕組みに関わる神経伝達物質だと言われています。本来この物質は、長い時間をかけて努力を積み重ね、目標を達成した瞬間に強く放出されるものです。
しかし現代では、こうした本来時間をかけて得られるはずの快楽を、努力なしに瞬時に手に入れられる環境が整っています。SNSやショート動画がその典型で、次に何が流れてくるか予測できない「不規則な報酬」という形で提供されるからこそ、脳は次々と刺激を求め続けてしまう。この蒸し暑さの中で、涼を求めて反射的に自動販売機へ手が伸びるように、私たちの脳もまた、深く考えることなく手近な快楽へと手を伸ばしてしまうのだと思います。
これは体操をしていても実感することです。何ヶ月もかけて練習してきた技が初めてできた瞬間や、緊張感のある通し練習を成功させた瞬間には、確かに強い高揚感があります。これは、積み重ねた努力に見合う形で放出されたドーパミンだと言えるでしょう。
一方で、それ以外の時間、例えば手元でショート動画を眺めているときにも、同じ神経伝達物質が働いています。得られる快楽の量そのものは近くても、そこに至るまでの過程には大きな差がある。しかも、安易な刺激を繰り返し受け続けると、脳が刺激に慣れ、同じ快楽を得るためにより強い刺激を求めるようになる「耐性」が生じることも知られています。
そこで私が最近意識しているのは、「今、自分にドーパミンが出ている」という状態そのものを、その都度自覚することです。技が成功した瞬間はもちろん、動画を見て満足感を得ている瞬間にも、一度立ち止まって「今、自分は快楽を得ている」と認識するようにしています。
そうすることで、同じドーパミンでも、その出どころを意識的に区別できるようになりました。積み重ねの上に得られた快楽と、消費するだけで得られる快楽の違いに自覚的になることで、後者に流されそうになる瞬間にも、一呼吸置いて選び直せるようになったと感じています。
大切なのは、快楽そのものを否定することではなく、自分がその出どころを把握し、コントロールする側に回ることだと思います。受動的に「出る」ドーパミンに反応し続けるのではなく、能動的に「出す」ドーパミンを増やしていく。たった一文字の違いですが、そこにあるのは、快楽を待つ側でいるか、快楽を作り出す側に回るかという、案外大きな差だと思います。
最後に種明かしをすると、この日記も季節の挨拶や長い前置きを挟まず、いきなり本題から書き始めています。曲のイントロが年々短くなっていると言われたり、動画の冒頭数秒で離脱されないよう工夫が凝らされたりするように、読み手を飽きさせないためには、なるべく早く「本題」に到達させることが重要だとされています。今回「早速ですが」とドーパミンの話に入ったのも、実はこうした発想を意識してのことでした。偉そうに書いてきましたが、この文章の構成自体が、すでにその原理に忠実だったというわけです。
拙い文章となりましたが、以上で本日のリレー日記とさせていただきます。ご精読ありがとうございました。