7年間の終わりに

7年間大変お世話になり、ありがとうございました。

私は高校から体操部にお世話になりましたが、常に楽しく順風満帆だったかといえばそうではありませんでした。

私は、高校1年生の時にバク宙がしたくて器械体操部に入部しました。それまでサッカーしかしてこなかった私にとって全体重を両手で操る体操という競技は非常に難しく、右も左もわからない状態でした。そんな中でも先生や先輩方が親身になって教えてくださり、少しずつ体操ができるようになっていきました。高校の3年間は少しずつではありましたが、できる技や種目が増えていきました。時には新しい技の習得ができず、楽しくない日もありましたが、同期7人の大きな支えがあり最後までやりたいことをとことん突き詰めることができました。高校3年生の時にはコロナによって練習だけでなく学校にもいけない日々が続きました。それまで毎日のようにあっていた同期に会えず、練習もできない、家でトレーニングをする日々に嫌気がすることもありましたが、zoomを通して一緒にトレーニングを行ったり、新歓をどうするかなど話していたことを思い出します。インハイもなくなり、色々なイベントがなくなってはしまいましたが、最後には部内戦で笑って引退することができました。(引退後にタントラで足首の靱帯を怪我したのは内緒です)

大学入学後は夏休みに足首の手術をし、10月から体育会器械体操部にマネージャーとして入部いたしました。それまでプレイヤーしか経験してこなかった私にとってパソコンを操作してホームページを更新したり、書類を申請したり新しくも楽しい日々が始まりました。1,2年生の頃は学ぶことが多く、使い方の良くわからないエクセルやスプレッドシートに苦戦していたのもいい思い出です。3年生の時には同期の伊保内と上田が各コミュニティのトップとなり、私は副主務になりました。2年生までとは違い、自分で考え責任をもって物事を進めて行くことも増えて行きました。いつものリレー日記や日々を知っている方々はすぐにわかるかと思いますが、私は論理的に物事を考えたり、効率的に物事を進めることがとても下手です。どこか詰めが甘かったり、考えが及んでいなかったり、何度も迷惑をかけてきました。馬鹿みたいに何度も同じようなミスをして、そのたびに怒られて、自分のふがいなさに部活を辞めたいと思う時もありました。次期主務を決める際も自分の心が決まらず1ヶ月もまたせてしまいました。私の個人的な問題にもかかわらず、同期や先輩方がずっと気にかけてくださり、心の支えになっていました。4年生になってからは最上級生としての責任と主務としての責任がとても重く、就職活動もうまくいかず8月の上旬までは生きた心地がしていませんでした。その直後のインカレでは7年間を共にした伊保内啓佑と浦口優を中心に丁寧で美しくも熱い演技をしてくれました。最終演技が終わった時には7年間の長い体操部としての終わりを感じてからか、恥ずかしくも選手よりも泣いてしまいました。それほど私にとって大切な場所だったんだと改めて感じました。
ここまでダラダラと7年間を振り返って来ましたが、私はマネージャーとしても主務としても不出来だったと思っています。そんな私にも親身に接してくださった先生方、先輩方、同期に後輩には感謝しかありません。私はこの器械体操部に入部できてとても幸せでした。

改めまして、7年間ありがとうございました。
今後も三田体操会の一員として、どうぞよろしくお願いいたします。