自己紹介

初めまして。本日よりリレー日記に参加させていただきます、法学部法律学科1年の尊田優花(ソンダ ユウカ)と申します。 以後よろしくお願いいたします。

今回は初めてのリレー日記ということで自己紹介をさせていただきます。

私が体操を始めたのは3歳の時です。地元の小学校の体操教室に通う姉について行ったことがきっかけでしたが、気づけば姉よりも夢中になり、週1回の体操へ行く日がとても楽しみだったことを覚えています。小学生になってからは、2つのクラブを掛け持ちし、選手コースに所属して大会にも出場するようになりました。そして、より設備の整った環境で練習をしたいという思いから中学受験をし、品川女子学院中等部(以下、品女とさせていただきます。)に入学しました。品女の体操部では、個性の強い同期と優しい先輩方に囲まれ、先生の的確な指導のもと一気に上達していきました。

しかし、中学2年生の終わりから中学3年生にかけて、コロナ渦による数か月に及ぶ休校と部活動停止、さらに学校の建て替え工事の影響で体操場が取り壊されることになり、品女の体育館での練習ができなくなりました。そのため、ほかの学校の体育館にお邪魔させていただいて器具での練習をすることになりました。コロナ禍以前の予定では、その中の一つとして、蝮谷体育館で練習させていただく話も出ていたのですが、当時の状況的に遠征させていただける学校は少なく、千葉県にある学校のみが人数制限などの条件付きで受け入れてくださることが決まり、自宅のある横浜と品川、千葉を行き来する日々が続きました。

そんな日々の中、中学3年生の年の試合は軒並み中止となり、遠征の人数制限によって同期が次々と退部し、私が入部した時には25人だった部員も気付けば4人にまで減っていました。また、ほかの何事よりも部活を優先しなければいけない、という体操部の方針が、学校行事や課外活動にも力を入れたいと考えていた当時の私にとって重荷となり、体力的にも精神的にも追い詰められてしまいました。最終的には、「体操が好き」という気持ちよりも「部活を続けることが辛い」という気持ちが強くなったことから、体操を辞めることを決意しました。今振り返ってみても、これまでの人生で1番の大きな決断でした。

体操部を退部をした後は、生徒会と書道部に所属し、体操とはかけ離れた生活を送っていました。また、自分の決断を後悔しない行動をしようと心に決め、オーストラリアの高校への短期留学、難民支援活動、有志団体の代表など、様々な経験をしました。体操をするために入学した学校で、体操を辞めた後も私のやりたいことを応援してくれた両親にはとても感謝しています。

このような高校での経験から、大学では資格勉強や長期留学をしたいと考えていました。ところが、新歓の日にたまたま友達になった同期の佐々木が体操部を見に行くとのことで、私も佐々木についていく形で体操部の新歓に足を運びました。そこで、小学生の頃に所属していたクラブで一緒に練習していた小林先輩に偶然再会し、体操部の見学と体験に誘っていただきました。はじめは入部にあまり前向きではなく、どう断ろうかとばかり考えていました。しかし、体験に行かせていただいたその日から、それぞれが目標に向かって練習に取り組む体操部の雰囲気に惹かれ、「体操をもう一度やりたい」という気持ちが日に日に強くなっていきました。品女の体操部を退部した時に心に決めたように、「体操を辞めて後悔していない」とはっきり言い切れるほど充実した高校生活を送ることができた反面、「3年かかっても体操より好きになれるものは見つからなかった」という気づきがあったのも本音でした。

新歓の時に佐々木と出会わなければ、体操部を一緒に見に行かなければ、その日の新歓にいらした先輩が小林先輩でなければ、私は入部を考えることすらなかったと思います。3年前に不完全燃焼で終わってしまった体操に、こうしてもう一度チャレンジできる機会を得られたことも何かのご縁だと思い、このたび入部させていただきました。ブランクがあるうえにトランポリンに転向しての挑戦となりますが、新たな気持ちで競技に向き合いたいと考えております。是非ともこれからご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

長く拙い文章となってしまいましたが、以上で本日のリレー日記を終了させていただきます。ご精読ありがとうございました。