自己紹介

初めまして。本日よりリレー日記に参加させていただきます、法学部法律学科1年の森千紗(モリ チサ)と申します。以後宜しくお願い致します。

今回は初めてのリレー日記ということで自己紹介をさせていただきます。

幼い頃より体を動かす事が好きだった私は、体操やテニス、野球を始めとした様々なスポーツに触れながら育ちました。体操との出会いは、母に連れられて地元の体操クラブに行った事だと記憶しております。私の通っていた所は週に1〜2回の練習しかありませんでした。そのため、私の中での体操クラブの位置付けは、技術の向上という主目的の他に、受験勉強の息抜きといった面がありました。緩く習っていた体操を競技として真剣に取り組んでみたいと思い、中学受験の志望校を「体操部がある学校」に絞って探し始め、ご縁があって慶應義塾湘南藤沢中等部に入学いたしました。

体操部に入部して初めての部活に、そして初めて触れた段違いや平均台にとても感動し、中等部・高等部と6年間も体操に打ち込めることを嬉しく思ったことは今でも覚えております。始めの頃は自分の技術が向上していくことを純粋に楽しんで、仲間と切磋琢磨し合う環境を幸せに思いながら活動していました。しかし、ずっと真剣に体操という競技に向き合ってこられたかというとそうではありませんでした。途中から自分が数少ない体操経験者であったという状況に甘え、自分の練習よりも他の人の技の補助やアドバイスに回ってしまいました。人の技をみるという経験は凄く大事であると思うのですが、部活は競技力向上の場である以上、それに感けて自らの技術の向上を差し置くべきではありませんでした。

高等部に進学し、中学の反省を生かして意識を変えて自分の練習を大事にするようになってからは、練習がとても楽しく、また週毎、或いは練習毎に立てる目標の大切さを感じるようになりました。コロナ禍においてももちろん大会が無くなる等の悔しい思い出もありますが、その事以上に得たものが多くあり、とても有意義な部活生活を送れていたと思っております。

藤沢中・高時代に1回行けるだけでとても嬉しく幸せであった、私にとって特別で憧れの場所である蝮谷体育館に毎日のように通っている事が今でも少し信じられません。自分で続けることを選択し続けた体操を大学4年間、初心を決して忘れずに謙虚に誠実に、直向きに体操に取り組む所存ですので、是非ともご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いいたします。

拙い文章となってしまいましたが、以上で本日のリレー日記を終了させていただきます。ご精読ありがとうございました。

自己紹介

初めまして。本日よりリレー日記に参加させていただきます、法学部法律学科1年の立花陽空(タチバナ ヒア)と申します。以後宜しくお願い致します。

今回は初めてのリレー日記ということで自己紹介をさせていただきます。

私は宮城県仙台市に4人兄弟の長男として生まれ、中学三年生まで仙台で過ごしました。家の近くには、フィギュアスケート選手の羽生結弦選手や荒川静香選手が練習していたアイスリンク場があったりと、小さい頃からたくさんのスポーツに触れてきました。初めは小さな体育館で友達とトランポリンを跳ぶことが楽しく、体操教室に通い始めました。

2011年3月11日、小学校1年生の頃です。あの大きな震災と津波により家に帰れない日々を経験しました。学校の体育館で何日も震えながら過ごしていた日々は、一生忘れないです。そんな中、震災復興プロジェクトにより東京体育館で行われた「世界体操2011」に招待されました。目まぐるしく披露される技に当時、小学校1年生ながらとても感激しました。人々を演技で感動させることができる、その魅力に惹かれ体操を本格的に始めました。小学校の頃は地元のクラブに通い、毎日21時まで練習に励み、帰りの高速道路で毎日お弁当を食べていたことを懐かしく思います。練習では床と跳馬のことしか考えておらず、クラブの先生に何度も叱られることもありました。

中学生になるとクラブだけではなく部活として体操に向き合いたいと思い、亀山耕平選手の母校である東北学院中学校に入学しました。授業が15時に終わると18時半まで部活に励みその後車で移動をし、クラブで21時まで練習を行っていました。中学生の頃は特に怪我が多く、骨折しながら全国中総体に出場したこともありました。中学生の試合では、中学生で初めて4回ひねりを公式試合で成功しました。あの時の達成感は今でも忘れません。高校生で慶應義塾高校に入学すると、他の学校とは違い先生と生徒同士で教え合うだけではなく、先輩と後輩同士でも教え合っている姿がとても印象に残っています。初めはなかなか試合のメンバーに入ることができず、悔しい思いをしたことを今でも覚えています。高校2年生になると新型コロナウイルスにより大会が中止になり、自宅でのトレーニングに専念する毎日を送っていました。この期間があったからこそ、普段気づくことができなかった体操の基礎的部分やトレーニングを一から学ぶことができた反面、3年生と一緒にインターハイの舞台に立つことが叶わなかった辛い思いも経験しました。高校3年生で主将という立場になり、年度初めにインターハイ決勝に出場する目標を掲げました。その言葉通り、決勝の舞台に立つことが叶い慶應の体操を全国にアピールできたことが何よりも嬉しかったです。

大学生では今まで積み上げてきたダイナミックな演技と共に、技の完成度や美しさも意識して観客を魅了させる、そのような印象に残る選手になります。これからどんなに辛いことに直面しても、頼れる同期、先輩、後輩と助け合いながら慶應義塾体育会器械体操部を盛り上げていきます。こんな私ですが、応援していただけるとありがたいです。

拙い文章となってしまいましたが、以上で本日のリレー日記を終了させていただきます。ご精読ありがとうございました。

自己紹介

初めまして。本日よりリレー日記に参加させていただきます、理工学部学門A1年の黒沢星海(クロサワセイカイ)と申します。以後よろしくお願い致します。

今回は初めてのリレー日記ということで自己紹介をさせていただきます。

私は2003年5月、神奈川県横浜市に生まれました。横浜市と言っても、木々が生い茂る長閑な地域であり、現在もそこで暮らしています。両親が共働きだったため、小さい頃は少し離れた祖父母の家で過ごすことも多々ありました。私が体操に出会ったのはその祖父母の家の近くにある幼稚園でした。マットや跳び箱など簡易的なものばかりでしたが、体を自由に動かすことの喜びや難しさに惹かれ、小学校3年生の時にその教室に通い始めました。当時の私は極度の泣き虫で、ちょっと失敗するたびに泣き出してしまっていました。おまけに人見知りであったため中々友達を作れなかったことも覚えています。そんなへっぽこ男子も成長し中学生になると、本格的に体操競技をしたいと思うようになりました。そこで、中学校の部活には所属せず、地元の体操クラブに入るという選択をしました。新しい環境に移ることで多くの不安がありましたが、今まで触れたことのなかった6種の器械を見るとそんな気持ちも吹き飛んでいきました。これまでとはまるっきり違う「競技としての体操」に触れ、高校でも続けたいと考えた私は、神奈川県内で体操部のある公立高校を受験して進学しました。自分の思うように技ができなかったり、慣れないトレーニングをしたりときつい時期もありましたが、体操競技に対する想いは変わらずに中学高校と練習を重ねることができました。そして現在、ご縁があって慶應義塾体育会器械体操部の一員とならせていただきました。子供の頃に志した競技を現在も続けることができるのはとても感慨深いことです。多くのことを競技から学び、多くの人に出会わせてくれたと感じています。その恩義をこの4年間の成果でお返ししていくことが今の私の目標です。初めて器械を見て目を輝かせたあの日の情熱を忘れず、先輩や先生から多くのことを学び、自らの限界に挑戦していく所存ですので、是非ともこれからご指導のほどよろしくお願い致します。

拙い文章となってしまいましたが、以上で本日のリレー日記を終了させていただきます。ご精読ありがとうございました。

自己紹介

初めまして。本日よりリレー日記に参加させていただきます、法学部政治学科1年の釜屋有輝(カマヤ ユウキ)と申します。以後、宜しくお願い致します。

今回は初めてのリレー日記ということで自己紹介をさせていただきます。

私は愛知県名古屋市に産まれ、すぐに千葉県船橋市にやってきました。今思い返すと私自身、幼少期の方がハードな生活を送っていたような気がします。小学校は家の近くに公立の小学校がありましたが、そこにはあえて通わず私立の小学校に小学校受験を経て、入学することになりました。小学校1年生のまだ右も左も分からないような状態で1人、電車に1時間揺られて小学校に通えていたのは我ながら今思うとよくやっていたものです。この頃からすでに地元の船橋ジュニア体操クラブで練習をしていましたので、朝から学校に行き、その後練習に行って夜9時に帰ってくるという生活が小学校低学年時から普通になっていました。小学校高学年になると、周りも徐々に進学について考え始め、クラスの8割は中学受験をするような小学校でしたのであまり強い意志もないまま皆につられるような形で中学受験をすることを決意しました。しかし、この小学校4年生~小学校6年生までの受験期が私の中で一番つらい時期でもありました。体操と受験勉強の両立は自分自身が想像していた何倍も大変なもので、両親からも塾の先生からも受験勉強に専念することを何度もすすめられました。しかし、それでも体操をやめる選択はせず、今まで通り塾の模試を受けては、体操の試合に出場しての繰り返し。そして受験本番2か月前、小学校6年生の冬に開催されたU-12全国大会にも出場しました。この時は本当にどうなることかと思いましたが無事、第一志望であった慶應義塾中等部に入学することができました。両親をはじめ、多くの人に迷惑をかけてしまった3年間の受験期でしたが周囲の人たちの支えがどれだけ大きな力となるかを身に染みて感じることのできた時間でもありました。

中学に入ってからは、受験も終わり、体操のことしか考えていないような日々が続きました。今まででは考えられないような生活でしたので今思い返してもあの時の充実感は忘れることができません。高校に入ってからも体操に対する思いは決して変わりませんでした。むしろ、どうしたら試合で点数が残せるか、どうしたら結果が出るかと今まではただ単純にできた技を通しの中に組み込むだけだった体操が、少しずつ頭を使える体操になっていったのもこの頃からでした。それが結果として実を結んだのが高校生最後の年のインターハイでした。Dスコアでは他のチームに劣っていたものの、私たちが決勝に残ることができたのはミスをしない体操、Eスコアを重視した体操を意識していたからです。まさに日頃の努力が報われた瞬間、さらにそれを共に練習を積んできた仲間と一緒に感じることができたのは何物にもかえがたい経験でした。

大学生となった今もこうして慶應義塾体育会器械体操部として体操を続けることができているわけですが、もうこの年まで来てしまったんだという思いが今は強いです。学生として、チームとして体操ができるのもあと4年と考えると本当にあっという間です。だからこそただでこの体操人生を終えるわけにはいきません。自分にしかない経験を生かしてこの4年間が今までで1番素晴らしい体操人生だったと大学を卒業するときに胸を張って言えるようこれから最大限の努力を尽くしていく所存ですので、是非ともご指導ご鞭撻の程よろしくお願い致します。

拙い文章となってしまいましたが、以上で本日のリレー日記を終了させていただきます。ご精読ありがとうございました。

時間は有限

こんにちは。本日のリレー日記を担当させていただきます、薬学部薬科学科2年の西尾颯馬です。
新学期が始まり既に3週間程経ちました。昨年度はオンライン講義が大半を占めていたため対面授業が大半になった今、ようやく大学生活が始まったような気がしております。
私は薬学部に在籍しており1年次とは変わって現在講義を受けているのは芝共立キャンパスです。そこでは毎日多くの知らなかったことを頭に入れたり、実験をして机で学んだ知識を自分の目で確認したりしています。2年になってより専門的な内容を学ぶようになりました。そのため、最近は生活が大変充実しております。その反面、実習講義が増え平日は練習に行くことの出来る回数が減っています。ただでさえ、技量の差があるにも関わらず練習回数がへってしまうとなると、差を埋めていくことは厳しいと言わざるを得ません。また、勉学に割くことの出来る時間も多いわけではないため、こちらにも主眼を置かなければ何も身につかないような気がしています。当然ですが時間の総量は変えることが出来ません。ここで変えられるのは時間の使い方です。例えば登下校の時間を使いどのような練習をするか考える、練習の帰宅中に授業内容をざっと復習する等々。少し考えただけでも何個か考えつきました。いくらでもやり方はあると思いますが、その中でも最適解を見つける必要があると感じています。私の大学生活が如何に内容の濃いものになるかは時間の使い方にかかっているので、最適化を図っていきたいと思います。

拙い文章になってしまいましたが、これで本日のリレー日記とさせていただきます。ご精読ありがとうございました。

環境

こんにちは。本日のリレー日記を担当させていただきます、商学部2年の永野祐里です。4月に入って新学期・新生活が始まり、体調を崩しやすい時期ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

本日は「環境」についてお話したいと思います。とは言っても、自然についてではなく、私を取り巻く「環境」についてお話しさせていただきます。
私を取り巻く「環境」とは、即ち器械体操部の部員のことです。私は今現在所属している部員の中で唯一の大学始めの部員です。その為、技の進め方・かけ方などを自分で考えることができず、常に先生・先輩方、OBOGの方々や同期に教えてもらわなければならない立場にあります。正直言ってしまうと、他の部員と比べて「足手まとい」な存在になってしまいがちな私ですが、それでも皆快く丁寧に教えてくれ、沢山アドバイスをくれます。そのおかげで私は日々進歩することができています。私はこの「環境」が体操部の強みであると感じています。

私が強みであると感じる「環境」は技術面においてだけではありません。精神面においても同様です。つい先日、私は勉強と部活において少し無理をしてしまい、心身共に大きなダメージを食らってしまいました。体調を大きく崩し今にも泣き出しそうな状態だった私を、同期をはじめとする部員が沢山慰めてくれ、頑張るのは良いことだが無理をするな、休息を取れと声をかけてくれました。おかげで所謂「病み期」を超えることができ、また自分の精神面・体力面においての限界を知ることができました。部員が自分のことばかり考えるのではなく、他の部員のこと、しかも部活における技術面だけではなく、私生活を含む精神面についても気にかけ助け合うというこの「環境」は本当に素晴らしいと感じました。

4月に入り、これから私も先輩になります。また大変私事で恐縮なのですが、本日4月18日をもちまして私は二十歳という新しい門出を迎えます。入部してから今まで助けてもらってばかりの私でしたが、後輩が入り、また正式に成人の仲間入りをした今、助けられるだけでなく、他の部員にも気をかけ、色々な面で他の部員を助けることができる2年生になれるよう、日々努力して参ります。

拙い文章となってしまいましたが、以上で本日のリレー日記を終了させていただきます。ご精読ありがとうございました。

新年度

こんにちは、本日のリレー日記を担当させていただきます、商学部2年の佐伯雅斗です。

 

4月7日から授業が始まり、新年度がスタートしました。今年度は授業形態が9割対面になるため、去年ほとんどの授業がオンラインであった私たちにとっては新鮮で、期待と不安の織り交ざった気持ちです。

 

さて、新年度のスタートを切ったのは体操部も同じです。4月からは首藤先生が高等学校の主事になられ、久永先生をコーチとした新体制が始まりました。また、4月5日には日吉キャンパスで新歓を行いました。新歓を経験したことのある部員がおらず、何から始めればいいかもわからない状態でしたが、チラシを作り、説明用のスライドや競技動画を作り少しでも興味を持っていただけるよう準備をしました。当日は教室を借りて新歓を行いました。しかし、始めのうちは教室の場所の悪さと新型コロナウイルス感染予防のための制限で思うように新入生を呼び込むことができませんでした。そうした状況の中でも、器械体操部の存在を懸命にアピールし、来てくれた新入生に対して心を込めて説明を行った結果、多くの人に興味を持ってもらうことができました。始まったときには失敗に終わるかもしれないと不安でいっぱいでしたが、部員の丁寧で気持ちのこもった説明のおかげで想像していたよりも多くの学生を勧誘することができました。私1人では何をすれば興味を持ってもらえるかもわからなかったため、たくさん相談に乗ってくれた同期にはとても感謝しています。入部してもらうまでが新歓だと思うのでこれからも入りたいと思ってらえるよう努力していきます。

 

拙い文章となってしまいましたが、以上で本日のリレー日記とさせていただきます。ご精読ありがとうございました。

独白

こんにちは、本日のリレー日記を担当させていただきます、商学部2年の浦口優です。

近頃、桜も美しく咲き、春の訪れを実感します。しかし、時折冬の残滓を感じられるような肌寒い日も顔を覗かせています。季節の変わり目ですので体調管理には一層の注意を払いたいところです。

さて、前回のリレー日記でも述べさせていただきましたが、私は現在肩に怪我を抱えております。リハビリの継続により次第に回復傾向にはありますが、未だ満足に練習を行うことができないのが現状です。なかなか練習ができない苦しい状況の中、少し立ち止まって過去を振り返り色々と考えを巡らせました。今回は粗放ではありますが、それについて綴っていこうと思います。

まずは幼い頃の話から著述させていただきます。
私は幼少期から、俗にいうビッグマウスと呼ばれるような人間でした。周囲の自分より優れた才能を見て垂涎し、絶対に負けを認めてはならないという幼いながらの矜持から、理想をあたかもいずれ来る未来かのように嘯き、それに縋って思考停止状態で猛進していました。それが祟って中学に入る頃から現在まで、満足できる結果がひとつたりとも残ることはありませんでした。高校生の頃には、理想と乖離した現状に暗澹とし、試合を欠場したこともありました。幼い頃共にしのぎを削りあった仲間は自分よりずっと結果を残し続けています。そのような状況の中、高い理想を嘯きながらも徐々に自信は泡沫の如く消えていきました。そして、幼い頃憧憬した先人や仲間と自分との差はどこで生じているのか、そのような苦悩を抱えながら憮然として過ごしてきました。

先日、日頃お世話になっているある人からこんなことを聞かれました。
——お前は内村航平を見て天才だと言えるのか。
確かに内村航平はダイヤモンドの如き才を有しているのでしょう。しかし、それだけではあのような精緻で完成された演技にはならないように思います。己の天賦の無駄を削ぎ落とし、それこそダイヤのように美しくカットされ、研磨されてきたからこそ、あのような輝きを有するのでしょう。だからこそ、天才という一言で片付けるのは憚られます。
ただの天才というのは、有り余る才を持ちながら自らを磨くことを怠り、傲慢な輝きを放つ石塊をさすのでしょう。
では、自分は光り輝く金剛には至れないのでしょうか。私は現段階で、無理だと一蹴するのは愚鈍だと考えています。現在見えているのは、鉛の如き才でも、削り続ければいつか原石が現れるかもしれません。しかし、鉛を削りとった先には空虚しか残らないことも十分ありえます。だからこそ、多くの人は数多の時間と努力をかけたものの、水の泡となり、自らの努力や器を否定されるのを恐れて諦念を抱くのでしょう。

私は空虚と化すことをも恐れずに、かつての理想を追い求めたいと考えています。しかし、今のままでは鉛を剥がしきれずに終わるのでしょう。だからこそ、いかに効率的に鉛を削っていくのか常に思考を巡らせながら冷静に、己を金剛へと至らしめるよう猛進していきたい所存です。

独りよがりな文章となってしまいましたが、以上で本日のリレー日記とさせていただきます。ご精読ありがとうございました。