シュレディンガーの星

こんにちは。本日のリレー日記を担当させていただきます、理工学部物理情報工学科4年の黒沢星海です。

夜の帳が下りた空を見つめることがある。煌々と輝く街の灯りが空を白ませようとも、注意深く目を凝らせば、いくつかの星がその存在を健気に主張していることに気づく。それは、本来広がっている、息を呑むほどに鮮やかな光で満たされた夜空とは対照的である。しかし、都会にいても、あるいは灯りの少ない場所にいても、確かに届く星の輝きは、いつも私に不思議な感覚を呼び覚ます。

その感覚とは、圧倒的な存在感と、それに相反する希薄さに由来する。星を見る私の網膜は、確かにその一点の光を捉えている。それなのに、その光の源は、私の想像を絶するほどの時空の彼方に存在している。今見ている輝きが、何万年、何億年も前に放たれた過去の光であるという事実を知ればなおさら、その感覚は強まる。星はそこに「存在する」のに、時間的にも空間的にも隔てられているがゆえに、どこかおぼろげで「存在していない」ようにも感じられるのである。
しかし、その確かでありながらも儚い輝きを、人類は古くから確かな「しるべ」として活用してきた。羅針盤もなかった時代、大海原を渡る航海者たちは星の位置を頼りに進むべき道を見出し、広大な砂漠を旅する人々は、夜空の地図を頼りにオアシスへとたどり着いた。また星々は、単なる物理的な道しるべであっただけではない。夜空に描かれた壮大な絵巻、すなわち星座は、神話や英雄たちの物語を紡ぎ、人々の信仰の対象だった。そして、その神秘のベールを解き明かそうとする知的好奇心は、やがて天文学という体系的な学問へと発展し、コペルニクスやガリレオの発見は、人類の世界観そのものを根底から揺さぶったのである。

そして現代、物理学を学ぶ者として星を思うとき、その感慨はまた一段と深くなる。星が放った光は、何億光年もの気の遠くなるような距離を旅してやって来る。その光は広大な空間へ拡散していくため、地球に届く頃にはその強度は限りなく弱まってしまう。しかし、どんなに弱まっても光は波動と粒子の二つの性質を併せ持っており、私たちの眼がその光を捉える瞬間、光は「光子」というエネルギーの粒として、一つ、また一つと網膜に届くのである。この粒としての姿こそ、宇宙の果てから届いた光の痕跡なのだ。何千年もの歴史の間、民衆や学者、あるいは為政者までもが親しんできた星の輝きには、興って間もない物理学の知見が潜んでいたのである。

星の輝きとは、過去から届く壮大な叙事詩であり、科学的探究心をかき立てる深遠な謎でもある。そして何より、私たち自身の存在の不思議さを映し出してくれる鏡なのかもしれない。ぬるい夏の夜、たまにはにじんだ星を数えてみてはどうだろうか。

拙い文章となってしまいましたが、以上で本日のリレー日記とさせていただきます。ご精読ありがとうございました。