タブラ・ラサ

こんにちは、本日のリレー日記を担当させていただきます、総合政策学部3年の小田切伊織です。

暦上では立春を迎えたものの、まだまだ厳しい寒さが続いております。早く暖かな春が来てほしいと願う一方で、間もなくやってくる恒例の花粉シーズンを想像すると、少し憂鬱な気分にもなります。季節の変わり目ですので、皆様も体調には十分お気を付けください。

最近、自分自身の「更新」について考える機会が多くありました。最上級生として部を率いる立場にありながら、知らず知らずのうちに思考が凝り固まってはいないか。今自分が持っている知見や判断のものさしは、果たして今のチームにとって最善なのか。そんな自問自答の中で感じたことを共有できればと思います。

近代哲学の概念によれば、私たちは生まれたとき、何も書かれていない白紙のような存在であるといいます。もしそれが本当なら、今の私という人間を形作っている複雑な模様——これまでの成功や失敗、出会った人からかけられた言葉、あるいは自分自身の譲れないこだわりなどは、すべて後天的に書き込まれた「跡」に過ぎないということになります。

ふと、自分のこれまでの歩みを振り返ってみました。技の習得に向けて、幾度となくトライアンドエラーを繰り返した時間。トップとしてチームをまとめ、多様な価値観を持つ仲間たちと言葉を交わしてきた経験。それらは確実に、私の石板に深く、消えない刻印を残しています。時には、その刻印の多さに迷い、リーダーとしての責任に難しさを感じることもあります。しかし、それこそが「私」という固有の存在を証明し、今の自分を支える背骨になっているのだとも感じます。

もし明日の朝、目が覚めたときに自分の一部が再び「白紙」に戻っていたらどうでしょうか。昨日までの先入観や「こうあるべき」という固定観念を脱ぎ捨て、まるで初めて世界を見る子供のような目で物事を捉え直す。そうすることで、今行き詰まっている自分自身の悩みや、チームが直面している課題に対しても、全く新しい解が見つかるかもしれません。

すべてを白紙に戻すことはできませんが、心のどこかに常に「書き換え可能な余白」を残しておきたいと感じます。経験を積み重ねていく強さと、時にはそれを手放して真っ新な状態から学び直すしなやかさ——この相反する要素の両立こそが、体操という飽くなき探求が続く競技において、そして変化し続けるチームを導く上で、最も必要な姿勢なのだと今は考えています。

凝り固まった思考を一度解き放ち、真っ白なキャンバスにまた新しい理想を描き込んでいく。そんな「自己更新」を繰り返しながら、一歩ずつ前に進んでいければと思います。今後とも、よろしくお願いいたします。

拙い文章となってしまいましたが、以上で今回のリレー日記とさせていただきます。ご精読ありがとうございました。