こんにちは。本日のリレー日記を担当させていただきます、理工学部物理情報工学科4年の黒沢星海です。
まだ夕暮れ時だと思っていたのに、気づけばもう夜の帳が下りていた。その空に鋭く瞬く星々を数えていると、口の中に鉄の味が滲む。その血の味と、時折指先に走る僅かな痛みが、私にそれを感づかせる。唇が、手指が、そして空気が、乾燥しているのだと。街には既に冬の気配が訪れていて、リップクリームやハンドクリームを用意するその一瞬の隙を、追い越されてしまったようだ。あっという間に世界は熱を奪われ、長い闇夜が始まる。暗く冷たい空気に包まれながら、乾いた口を潤すと、生きていれば喉が渇く、そんな当たり前のことをふと思い浮かべるのだった。
みんなのスーパースターが演技していた14年前。日本の中心で、世界を沸かせる演技をやり遂げた彼の姿は、もはや遠い記憶の彼方である。私が体操を始めたちょうどその年の出来事だ。それ以前から体操に興味を持っていたものの、臆病で泣き虫で人見知りな少年は、一人で知らない世界へ飛び込む勇気など持ち合わせていなかった。そんな私とは対照的な、天真爛漫な弟についていく形で、私の体操人生は幕を開けた。なぜ興味を持ったのか今となっては覚えていないが、ひとたび始めると、重力から解き放たれたような技の数々にすっかり魅入られてしまった。技ができないたびに泣きじゃくっていた負けず嫌いな少年は、なんとか身体を自在に操ろうともがき、空中を舞う非日常の楽しさに、ただ夢中になっていたのだ。
代表選手になりたいとか、メダルを獲りたいとか、そんな大層な野望に焚きつけられたわけではない。ただ単純に、その楽しさに魅せられ続けた少年は、体操とともに成長し、いつしか一人の選手になった。それまで意識の薄かった競技という概念が、日々の研鑽を更に加速させた。もっと高く、もっと美しく、そしてより強く。考え方をがらりと変え、頭と身体を駆使しながら、まるで研究者のように。
けれども、最適解を求めれば求めるほど、かつて空中を舞う感覚に心躍らせていた少年は遠ざかっていった。いつしか私の原動力は、一選手としての健全な向上心というより、未知の光に手を伸ばす、祈りのようなものへと変質していたのだろう。自分のかわきに気づかないまま、私は何かに没頭し、同時に何かを摩耗させていた。身体を駆け巡る様々な痛みが、私にそれを感づかせたのだった。
長い闇夜の中で、水分を失った大気は透明度を増し、煌煌と星たちを映し出す。私が、冬の夜空の中で唯一見つけられるオリオン座。その肩で赤く輝くベテルギウスは、既に超新星爆発を起こし、もはや死に絶えているかもしれないという。もしそうだとするならば、澄んだ空気に瞬く、過去に放たれた赤い光の美しさゆえに、私たちは星の喪失にも気づくことができないのだろう。
そろそろ本格的な冬が訪れる。街を彩るクリスマスの灯りや新年の厳かな空気もまた一興ではあるが、もしも夏が今来るならば、おもいきり遊んで、ドリンク片手に、いっそ月までバカンスに行きたい気分だ。
長い文章となってしまいましたが、以上で本日のリレー日記とさせていただきます。ご精読ありがとうございました。