こんにちは、本日のリレー日記を担当させていただきます、理工学部管理工学科2年の伊藤利紀です。
「冒険の対義語は母である」。大好きな漫画の作者が言っていたこの言葉を、初めて耳にしたときはあまりピンときていませんでした。「分かったような、分からないような」……そんな感覚だったのを覚えています。
この2月、私は2度も体調を崩しました。年末年始から成人式の同窓会や学年末試験の準備、私生活での変化など、慌ただしい日々が続いていました。どれも自分で選んだ道のはずなのに、要領よくこなせない自分に限界を感じ、いっぱいいっぱいになっていたのだと思います。加えて、練習中の不注意で怪我をして思うように動けなくなったことも重なり、気持ちが不安定な日々が続いていました。春休みに入って緊張の糸が切れた途端、溜まっていた疲れが一気に出てしまったのかもしれません。我ながら情けない限りです。
今回の体調不良は、ベッドから起き上がるのも一苦労なほど、今までにないしんどさでした。そんな期間、私は母親に何度も助けられました。食べやすい食事を考え、着替えを運び、水を替えてくれる。普段は質問攻めにされるのを鬱陶しいと感じてしまうこともありましたが、この時は何も言わずにただ看病してくれました。自分はまだ一人では生きていけないのだと悔しくもなりましたが、それ以上に、大きな安心感がありました。じっと家で過ごすなかで、母親とずっと一緒にいた幼い頃を思い出しました。
そんなとき、あの言葉の真意が分かった気がしました。人間は、帰る家があると分かっているからこそ、遠い場所まで足を伸ばして「冒険」ができる。家に帰れば無条件で温かく迎えてくれるお母さんという「心の安全基地」が、その人の冒険を支えているのだと。
大学生になってからの私は、早く自立したいという思いから、親に甘えることに抵抗を感じていました。学校や人間関係のことも自分からは話さず、どこか母親を「安全基地」から除外しようとしていたのかもしれません。けれど、今回の体調不良を通じて、無条件で存在を肯定してくれる愛情を受け入れたとき、心から「ありがとう」と伝えることができました。
そして、よく考えてみれば、私には他にも「心の安全地帯」がありました。話し相手になってくれる同期や友人の存在です。「誰がオカンや」と怒られてしまうかもしれませんが、彼らがちょっとずつ私の心の拠り所になってくれていたのは紛れもない事実です。すごくすごく感謝しています。
以前、いつも自慢話ばかりしている祖父が、こんなことを言っていました。「『働く』というのは、『傍(はた)を楽(らく)にする』という意味なんだよ」と。どこまで本当か疑念は残りますが、面白い考え方だなと感じています。
私もこれから、働いて、誰かを楽にしたり、楽しませたりしたい。お母さんにはなれないけれど、誰かにとっての「心の安全基地」だと思ってもらえるような大人になりたい。この日記を書きながら、そんなふうに思いました。
そのためにも、目の前にあることと向き合い、帰る家がある幸せを噛み締めながら、全力で冒険していこうと思います。
拙い文章となりましたが、以上で本日のリレー日記とさせていただきます。ご精読ありがとうございました。