手段と目的

こんにちは。本日のリレー日記を担当させていただきます、薬学部薬科学科1年の西尾颯馬です。

先日部内戦が開催され、4年生は引退となりました。4年生の方々には競技的な面でもその他の面でも多くのことをご指導いただいたり、誰にでも気軽に話しかけて部内の雰囲気を明るくしていただいたり、いなくなって改めて大きな存在であったのだと痛感しております。1年に満たない短い期間ではありましたが、本当にありがとうございました。

さて、今回は主題にあるように手段と目的について思うことを書き連ねていこうかと思います。私は1カ月程前、肩を怪我してしまい満足いくような練習が出来ておりませんでした。肩を使えず動かせる体の部位が限られるため、どうしても同じ部位に負担がかかるようになり、しばらくの間慢性的な怪我に苛まれました。そんな中でも何か出来ることはないか探っていた最中、自分のトレーニングに対する捉え方は正しいのかと懐疑的になり、もう一度考え直す必要があると感じました。というのもトレーニングをするのが目的になってしまっていると考えたからです。トレーニングには正しい動きと呼ばれるものがあり、私はそれを行うことに必死になって目的意識が希薄になってしまうことを懸念しました。私たちは補強運動とスキルアップを違うものとして捉えてしまう傾向があります。しかし、補強運動はそもそもスキルアップに直結するものでなければならず、その二者には境界線は無いという考え方が適当なのではないかと考えました。当然、目的意識を持たずに闇雲にトレーニングをしても筋力は強くなります。そのため、技の中の何らかの動きに合致し強くなったと感じることはありますが、そういうものであってはならないと思うのです。どのような動きを目指し、それを達成するための手段としてどのようなトレーニングが必要なのか。常にそのような思考を介して練習すべき、ということを銘記して練習に臨みたいと思います。

拙い文章になってしまいましたが、以上で本日のリレー日記とさせていただきます。ご精読ありがとうございました。